2019年5月 日本文化コラム

【植物】邪気を払う:『菖蒲』

【植物】邪気を払う:『菖蒲』(菖蒲の画像)

節は、五月にしく月はなし。菖蒲(しょうぶ)、蓬(よもぎ)などのかをりあひたる、いみじうをかし。(清少納言『枕草子』)

(訳:節は、5月に勝る月はない。菖蒲や蓬などの香りがとても素晴らしい。)


菖蒲は、水辺に生える、サトイモ科の常緑多年生植物です。根茎や葉に芳香があり、葉が剣状で、初夏に黄緑色の小花が円柱状の穂になって咲きます。同じ菖蒲という名前でも、大きな花をつけるものはアヤメ科のものです。

平安京の貴族たちの間では端午の節会に、天皇、群臣ともに菖蒲かずらを冠につけ、菖蒲や蓬など季節の草花を使って作った薬玉を身に帯びたり柱にかけたりする風習がありました。端午の節供は、「菖蒲の節供」といわれるほど、菖蒲が重要な役割を担っていました。菖蒲の強い香りが、邪気を払ってくれると信じられてきたからです。(*1)

「菖蒲の節供」で使われる薬玉は、菖蒲や蓬などの薬草を丸く編んだものです。別名「続命縷(しょくめいる)」とも呼ばれ、中国から邪気を払い寿命を延ばす縁起物として伝わってきました。薬玉を貴族同士で互いに贈りあい、ひじにかけたり、御帳台(みちょうだい)や母屋(もや)の柱に付けたりする風習があり、その様子が『源氏物語』の「蛍」の巻にも記載されています。柱に付けた薬玉は九月九日の「重陽(ちょうよう)の節供(せっく)」までそのままにされ、その日に茱萸袋(ぐみぶくろ)や菊瓶に取りかえられるのが平安時代の後宮で行われていたと言われています。(*1)

近世以来、農村社会でも、菖蒲を使う風習が定着してきました。菖蒲や蓬を屋根に挿し、菖蒲湯に入り、菖蒲の腹巻をして、菖蒲湯を飲み、粽や柏餅を食べるなどすることで、邪気を祓うと信じられてきました。また、菖蒲を使うことは湿気やカビ防止などに役立つなど、生活にも欠かせないものでした(*2)

雨に恵まれる旧暦5月は田植えの季節でもあり、「五月忌み(さつきいみ)」や「忌みごもり(いみごもり)」といって種苗を田に植える早乙女達の体の精進潔斎の習俗が伝えられてきました。近松門左衛門の『女殺油地獄』に、「五月五日の一夜さを 女の家といふぞかし」とあるように、田植えが始まる前の晩には早乙女(さおとめ)と呼ばれる若い娘達が、菖蒲や蓬で屋根を葺いた仮小屋や神社などにこもって菖蒲酒を飲み、田の神様(稲の神様)のために穢れを祓い、神聖な存在になってから田植えに臨むようになったと言われています。この風習は昭和三十年代まで日本の各地に伝えられていたのだそうです。(*2)

旧暦の五月五日は、元々はこのように女性のための行事でありましたが、鎌倉〜江戸時代に入ると武士の間で「菖蒲」が武を尚(たっとぶ)「尚武」や「勝負」に通じたり、葉の形が刀に似ていることから兜に菖蒲を飾ったりすることで、徐々に男の子のお祭りに変わっていきました。そして江戸幕府によって五節供のひとつと定められたことで、男の子の成長と立身出世を願う行事として定着することになったのです。(*3)

時代を経ても、日本人の生活に欠かすことのできない菖蒲。効能としては、食欲増進や疲労回復、解毒作用にも効果があるそうです。葉の部分からは穢れを祓うと言われるさわやかな香りでセラピー効果も期待でき、根の部分には精油成分が多く含まれているため保湿効果や血行促進にも効果があると言われています。葉や根を刻んだ菖蒲湯など、旬の今の時期に重宝したいものです。

【参考文献】
*1風俗博物館, 「皐月(五月)」
*2 新谷尚紀. 日本人の春夏秋冬‐季節の行事と祝いごと, 1版. 東京都, 小 学館, 2007, p.72-73. (ISBN 978-4-09-387740-4)
*3ホテル龍名館お茶の水本店, 「端午の節供|こどもの日」


※この記事は、2015年5月19日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。

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