2018年1月 日本文化コラム

【植物】撫でたくなる可憐な花:「薺(ナズナ)」

撫でたくなる可憐な花:「薺(ナズナ)」(ナズナの画像)

「よくみれば薺花さく垣ねかな」
(芭蕉)

(訳: いつもなら古畑あたりで見かける小さな白いナズナの花が、草庵の垣根に可憐に咲いているよ。)


旧暦の1月7日は、今年は新暦の2月22日となりまだかなり先のことになりますが、すでにお正月に七草粥をいただいた方もいらっしゃるかと思います。 有名な「君がため春の野に出でて若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ 」(光考天皇『古今集』)にあるように、古代には新春の若菜摘みは恒例の行事で、雪の降るこれからの時期、かつて人々は野に出て大切な冬のビタミン源となる野草を摘みました。

春の七草のひとつに数えられる「ナズナ」は、ちょうど今頃から5月半ばごろまでが花季となり、無数の小さな白い花を咲かせます。遠目にはわかりませんが、近くでよく見るととても可憐で可愛らしい花で、その名も「ナデシコ(撫子)」と同じように、撫でたいほど可愛い花という意味の「撫菜(なでな)」から転じたという説があります。

ナズナにはカロチンやビタミンCが豊富に含まれ、日干ししたものは薬草として止血や解熱、下痢、目の充血などの治療に利用されてきました。七草粥には、邪気を祓い、万病を避けるという意味がありますから、このような効能のある野草を食べるのは実際とても理にかなっていると言えます。

「一とせに一度つまるる菜づなかな」
(芭蕉)

(訳: 普段は見向きもされない雑草なのに、年に一度、若菜摘みの時期には顧みられるナズナであるよ。)


ナズナは、その実の形が三味線の撥に似ていることから、「三味線草」「ぺんぺん草(ぺんぺんとは三味線を弾く音)」とも呼ばれています。「ぺんぺん草が生える」とは荒廃した様子を、「ぺんぺん草も生えない」とは不毛を表すことばで、何とも荒涼とした情景を思い起こさせますが、芭蕉が感じたように、そんなナズナもちょっぴり注目を集めるのがこれからの若菜の季節なのです。

そして江戸時代には、1年のうちでもう一度ナズナが注目される日がありました。旧暦4月8日は「潅仏会」といってお釈迦様の誕生日を祝いますが、江戸の町ではこの日にナズナが寺の門前市で売られていました。

なぜ雑草であるナズナが売られていたかといえば、明治・大正の浮世絵師・菊池貴一郎(四代目歌川広重)が残した『絵本江戸風俗往来』(東洋文庫)に以下のようなくだりがあります。

「ぺんぺん草と俗称する草を売る。ぺんぺん草はこれまた毒虫の害を去るとて、毎夜ともす行灯につり、また雪隠の隅につるし置くなり」つまり、ナズナが虫除けのまじないとして利用されていたということです。効果のほどはどうだったのでしょうか?

遠目には風になびくただの雑草であるナズナですが、今年は手折って家に持ち帰り、その可憐な白い花を愛でてみたり、ビタミン源として食卓に彩を添えてみてはいかがでしょうか。もしかすると、暖かくなると這い出してくる虫たちを近づけない効果もあるかもしれませんよ。



※この記事は、2013年1月16日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。

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