【色彩】果てしない色:青
「水鳥の鴨の羽色の青馬の 今日(けふ)見る人は限りなしといふ」
(大伴家持『万葉集』巻20−4494)
(訳: 1月7日の青馬の節会に、鴨の羽の色のような青い馬を見た人は、命限りなしと言います)
※昔、宮中で中国の故事に倣い、1月7日に邪気を払うと言われる青毛の馬を引き出して宴を催した。その後青毛ではなく白毛や葦毛の馬が使われるようになり、今でも一部の神社で、「白馬(あおうま)の節会」の神事として受け継がれている。
夏を色で表すとすれば、やはり青なのではないでしょうか。空や海が青く見えるのは、青色の光線は波長が短く、ほかの色よりも大気や水の中で散らばりやすいからですが、海に囲まれ、水源も豊富な日本では、山野の緑と並んでかつてもっとも目にしやすい色だったのではないでしょうか。
上古の日本では、ことばとして明確に表現される色は、「アカ(明)シ」「クロ(暗)シ」「シロ(顕)シ」「アオ(漠)シ」という形容詞を持つ、赤・黒・白・青の4色だけでした。「アオ」には、「漠」という字が充てられていますが、字が示す通り、かつて青は非常に広い範囲の色を表すことばとして使われていました。
「アオ」ということばの語源は、「アフ=会う、合う」もしくはその連用形の「アヒ=間(隣り合う)」に由来しているという説があります。つまり、青とは「黒と白の中間を取り持つ、赤ではない色」ということになるのでしょうか。冒頭の歌の「青馬(あおうま、あおごま)」とは、青毛、つまり青光りする黒毛の馬、または淡青色や淡灰色の馬のことです。時間や日の当たり方によっては、このような体色の馬はより青みがかって見えていたのかもしれません。現代でも、「青葉」「青梅」「青竹」などは本来緑ですが、青ということばで表現されます。青とは、かつて緑や紫、灰色や黄色までをも含む色の名前でした。
現代でいう青とは、長く「縹(はなだ、花田色・花色ともいう)」や「藍」という色名で表現されて来ました。「縹」はもとは「漂」と書き、糸が染料を溶いた水の中を漂う様子を表現した色名です。平安時代に入り、藍が青色の染料の主役になるまでは、ツユクサも染料として使われていました。ツユクサで染めた衣は色が落ちやすいため、「花色」と言えば儚く、移ろいやすいものの喩えでした。
万葉集に見られる青系の色は「月草」、「水縹(みなはだ)」や「青丹」などです。月草はツユクサの別名、水縹はツユクサまたは藍を水に薄く溶いて染めた、水色の古名です。「青丹」の「丹」は土の意味で、青緑色の孔雀石からつくる岩緑青のことでした。奈良が有名な産地であったため、「青丹よし」は奈良の都の枕詞になりました。この色は現代の感覚から言えば、原料が示す通りピーコックグリーンやエメラルドグリーンになるでしょう。
平安時代になると、色のバリエーションは格段に増え、色名もそれまで数十種類だったものが百を超えるようになります。この時代の青は、どちらかと言えばより緑色を指していたようです。『枕草子』や『源氏物語』に盛んに出てくる「青色の袍(上衣)」とは、現代でいう抹茶色、またはオリーブグリーンのような色のことを指していました。
江戸時代の草双紙(絵入りの娯楽本)は、内容によって表紙が色分けされており、赤本・黒本・青本・黄表紙などがありました。青本の表紙は草の葉やクチナシで染められており、草の葉で染めれば緑色に、クチナシで染めれば黄色から黄味の強い緑になりますから、江戸時代ではさらに青が緑や黄色までを指していたことがわかります。
明治以降、西洋からさまざまな合成染料や染色技術が入ってきて、天然色素に左右されず人が欲しい色を主体的に作ることができるようになりました。それまでの、自然の風物になぞらえた色名、また天然由来ならではの微妙な色合いや、染め方を表現していた色名も次第に使われなくなっていき、青ということばの示す範囲も次第に狭まっていったと考えられます。
現代の日本語では、「未熟だ」「若々しい」「瑞々しい」というニュアンスを「青い」「青々とした」ということばで表現します。誰の心にも響く「青春」ということばは、もとは五行説の春の色である青から来ていますが、そこには本来「青」ということばが持つ、若さゆえの「漠=あいまいな、ぼんやりした」という意味も含まれているのかもしれません。天も地も青に包まれるこれからの季節、果てしない青の中で、人生の夏や秋にどのような自分になっていたいか、考えてみるのもよいのではないでしょうか。
【参考サイト】2017年5月21日参照
Wikipedia, 「青」
Wikipedia, 「草双紙」
試験に出る色彩用語, 「縹色」
綺陽装束研究所, 「青色あれこれ」
三浦 佑之(1996), 「日本神話と色彩」
語源由来辞典, 「青春」
たのしい万葉集, 「万葉集:色、いろいろ」
※この記事は、2017年5月25日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。
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