2019年10月 日本文化コラム

【食物】秋の実りに感謝して:『米』

【食物】秋の実りに感謝して:『米』(米と稲穂の画像)

「新米といふ よろこびの かすかなり」(飯田龍太)

(訳:稲刈りを終えて、今年も新米を頂く事が出来る。炊きたてのお米の香りがかすかに漂ってきて、喜びも一塩だ。本当に、苦労した甲斐があった。)


新米の出荷時期は9月〜10月です。既に今年の新米を召し上がられた方も多いのではないでしょうか。精米したての新米で炊いたご飯を茶碗に盛ると、一粒一粒のお米が立ち、光輝きます。おかずをのせずに、まずはひとくち。もっちりとした食感に、噛めば噛むほど増していく甘みがたまりません。この時期だけに味わえる最高の贅沢です。

日本への稲作の伝来は、中国・遼東半島から朝鮮半島を南下して、九州南部に伝来、揚子江下流域から直接、九州北部(対馬暖流ルート)に伝来したルートなど他計4つのルートが有力視されています。伝来後、国内で稲作が始まったのは縄文時代中期以前に遡ります。岡山県の朝寝鼻貝塚の6000年前の地層から稲籾が発見されたのだそうです。

現在のように水田での稲作が始まったのは、縄文晩期の2,500年前のことで、最古の水田跡が福岡県福岡市の板付遺跡(いたづけいせき)にて発見されています。(*1)弥生時代前期初頭の水田遺構は、福岡平野の板付遺跡や最多目遺跡などでも確認され、中期には青森県の垂柳遺跡(たれやなぎいせき)の水田跡が発見されております。(*2)九州から関東やがては東北へと伝播され水田稲作が広まったことで、全国的に狩猟・採取社会から水稲耕作を主とする農耕社会へと移行されていきます。米の出現によって安定的に食糧を得る事ができ、縄文晩期には16万人にまで減少していた人口も、弥生時代には50万人〜100万人まで人口が増加したともいわれています。

稲作の出現により、自然の恩恵に感謝し、同時に自然からの猛威を妨げる事を目的とする信仰や祭りが発展します。元々自然に対する信仰のはじまりは縄文時代の石棒、土偶、縄文土器に見る事が出来るという説があります(*3)縄文時代の信仰は、自然界全体の豊穣を祈るような祭りが行なわれていたといわれています。一方で、弥生時代に入ると信仰も農耕儀礼重視に変わります。ムラの祭りからクニの祭りへと規模も拡大され、祭りの要素としても集団の団結的な意味合いが強くなっていきます。弥生時代から古墳時代の田んぼの遺跡からは鳥型や舟形の木製品が発見され、これらは稲魂を運ぶものと考えられているとのことです。

農耕儀礼は、四季を通した「田の神信仰」として全国的に様々形で発展し、いまも継承されています。田の神とは山の神と同一神とされており、五穀豊穣をもたらす神として古くから人々に信仰されてきました。四季と農耕の生産段階を通し様々な祭事が催され、主に年頭の予祝祭、農作業開始時の水口祭(みなくちまつり)、田植祭り、防災除疫の呪的行事、収穫儀礼がそれに当たります。(*4)

私たちが毎年楽しみにするお花見も、こうした田の神信仰のひとつとされています。古代の日本人はサ神信仰と言ってサガミなど「サ」のつく山の神様を信仰していました。サクラのサは山の神様を(稲の神さま)を指し、クラはカミクラ(神座)のクラに由来するとも言われています。春になると、山の神さまが人里に降り桜の木に座られ田の神さまになると信じられていました。桜の開花は神さまが宿られた目印とされたのです。サ神様に喜んで頂くための神前供えとしてサケ(酒)やサカナ(サケ菜・肴・魚)をササゲテ(捧げて)オサガリをいただいたとのことです。(*5)こうした神前行事が江戸時代より現在のような花見の風習に繋がったのだともいわれています。桜の開花を待ち花見を楽しむ私たちの心も古来の日本人と相通じているものがあるのでしょう。

農耕儀礼は田植月のサツキ(皐月)に田の神さまをお迎えするサオリ(サ神様が降臨されるとの意味)、サオトメ(早乙女・五月女)によるサナエエ(早苗)などの神事を経て、田植えの終わりに感謝をし、田の神様をお送りするサナブリ(サ神さまが昇天されるとの意味)に続きます。その後虫送りなどの病害虫を避けるための祭り、青森県のねぷた祭を代表する睡魔を払う祭りを経て、収穫儀礼に至ります。収穫儀礼では、国指定重要無形民俗文化財でもある奥能登のアエノコトに代表するように、田の神様を家にお招きし、収穫した品々をお供えしておもてなしをします。稲の生長を見守って頂いた苦労を労い、感謝の気持ちをお伝えするのです。現在各地でも「秋祭り」や「収穫祭」など収穫儀礼にあたる行事が各地で催されているので、みなさまも是非参加されてみてはいかがでしょうか。

お米ができるまでは『米』という漢字の通り、八十八もの手間がかかるといわれています。種まきから、水の確保、田植え、草刈り、鳥獣対策、病害虫対策…稲刈り(出荷)と多くの作業と膨大な時間が必要とされます。稲作を通して、自然に寄り添い、感謝をし、忍耐強く作業が出来る日本人の心や考え方、行動は長い年月を経て形成されたといっても過言ではないでしょう。現在は北海道でも米作りが行われ、今では毎年の収穫量は新潟県と一位、二位を争うほどだと言われています。日本全国で毎年品種改良が行われ、様々な種類のお米を頂く事ができますが、一方で米の消費量が年々減少しているともいわれています。どうしても忙しくなるとパンなどに頼りがちになりますが、自然や農家の方々の手間暇に感謝し、この秋の新米をいただきたいものです。

【参考文献】
*1 財団法人地球環境財団, 豊かな稲作文化の残る日本は、文化/文明の安住の地,
*2 おさるの日本史豆知識, 弥生時代,
*3 静岡県立図書館, いろいろな神様から農業の神様へ,
*4 愚耕禿聖士のブログ, 早苗饗,
*5 サ神信仰 | ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!, サ神信仰,


※この記事は、2014年10月23日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。

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