2020年6月 日本文化コラム

【生物】可笑しく舞い踊る勇者:『カマキリ』

【生物】可笑しく舞い踊る勇者:『カマキリ』(カマキリの画像)

「をかしく舞ふものは 巫(こうなぎ) 小楢葉(こならは)車の筒(どう)とかや 平等院なる水車(みずぐるま)囃せば舞ひ出づる蟷螂(いぼうじり) 蝸牛(かたつむり)」(『梁塵秘抄』巻2 331)

(訳:おもしろく舞うものは、巫女、小楢葉(コナラ=どんぐりの木の葉)、車の筒(どう=車軸の中心部の円木)などではないでしょうか。平等院の水車、囃せば舞い出てくるカマキリやカタツムリなども。)


6月上旬の節気、芒種の初候(最初の5日間)には、「螳螂生(とうろうしょうず=カマキリが生まれ出る」という名称があります。現代の私たちの感覚では、肉食昆虫として獰猛なイメージがあるカマキリですが、昔の人にはどう捕らえられていたのでしょうか。

カマキリは捕食の際にカマを胸の前に揃えてそっと立つ姿が、洋の東西を問わず祈りを連想させたようで、日本の方言では「拝み虫」と呼ぶ地方が多く、英語でもカマキリは"Praying Mantis(拝み虫)"と呼びます。田畑の害虫を捕食するため、農村では益虫であり、そのためかアフリカなど世界の民話や伝説でも善玉として登場することが多いのだそうです。

冒頭の歌が収められている『梁塵秘抄』は、「今様」と呼ばれる当時流行した歌を好んだ後白河法皇が平安末期に編纂した歌謡集です。その中に登場するカマキリは、今度はお坊さんや尼さんではなく踊り手として愉快に舞い踊っています。カマキリが舞い踊る姿は現代の私たちにはあまり想像ができないのですが、おそらくカマを振り上げたり下ろしたりする姿が踊っているように見えるということなのでしょう。なお、ここにあるとおり「蟷螂」は古くは「いぼうじり(=いぼむしり)」と読みましたが、これはカマキリにイボをかじらせるとイボが取れるという俗信があるからなのだそうです。効果のほどはわかりませんが、古名として定着していたことを考えると実際にやってみた人がいたのでしょうか。

また、無駄な抵抗をすることを「カマキリの斧」ということがありますが、これは中国の古典に基づいています。昔、斉という国の荘という王が狩りに出たとき、自分の車に向かってカマを振り上げている虫に出くわします。御者に「これは何と言う虫だ」と尋ねると、御者は言います。「これはカマキリといい、進むことは知っていますが退くことを知りません。自分の力量を省みずに敵を軽く見る虫でございます。」すると荘公は言います。「この虫が人間であったなら、必ずや天下の勇者になるに違いあるまい。」勇武に長けた者は、この王のために死力を尽くそうと奮い立ったというお話です。

京都の祇園祭りで巡行する山鉾には「蟷螂山(とうろうやま)」というものがあり、唯一天辺に据えられたカマキリの体と御所車の車輪が動くからくりが施されていて古くから人気があります。この山鉾は応仁の乱から遡ること約一世紀の永和2(1376)年、足利義詮軍と戦い戦死した四条隆資(たかすけ)の武勇を中国の故事にちなみ、四条家の御所車に蟷螂を乗せて巡行したのが始まりだということです。

静かにお祈りを捧げたり愉快に踊ったり、はたまた勇敢に敵に立ち向かったりと歴史の中で大活躍のカマキリですが、それだけ昔から日本人にとって身近で興味を惹かれる存在だったのでしょう。この夏野外でカマキリに出会ったあなたは、彼らの立ち居振る舞いに何を感じるのでしょうか。


※この記事は、2012年6月11日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。

暮らしを彩る情報をお届けする、『和遊苑』メールマガジンのご登録

人気商品

Top