2020年5月 日本文化コラム

【植物】獅子も鎮める魔力:『牡丹(ボタン)』

獅子も鎮める魔力:『牡丹(ボタン)』(牡丹(ボタン)の画像)

「折る人の心なしとや名取草 花みる時は咎(とが)もすくなし」
(顕仲 『蔵玉集』)

(訳:牡丹を手折る人の心無いことよと思っていたが、花を見ると無理もないと思うのだよ。)


桜の季節が過ぎると、木々の緑も青々として街や野山の風景も力強さを増してきます。そんな中、ひときわ艶やかに咲き誇る花が「百花の王」と呼ばれる牡丹です。

中国では5世紀頃の魏晋南北朝時代より止血・鎮痛などの薬用として栽培されており、その艶やかな花姿から古くから富貴吉祥と繁栄隆盛の象徴として愛されてきました。牡丹には多くの別名がありますが、「二十日草」という呼び名は、唐の詩人白楽天の漢詩「牡丹芳(ぼたんほう)」に由来します。

「花開花落二十日、一城之人皆若狂」

(花開き花落つ二十日、一城の人皆狂ふが若し: 花が咲いてから散るまでの20日間、城内の人が皆この花に取り憑かれたように耽溺する)

古来日本人が桜の花に一喜一憂していたのと同じように、長安の人々も毎春牡丹の花に心乱されていたのでしょうね。

日本に牡丹をもたらしたのは、遣唐使として長安に渡った弘法大師・空海と言われています。栽培はそれ以降、8世紀ごろから行われていたようですが、文学での初出は11世紀の『枕草子』を待たねばなりませんでした。

冒頭の歌は室町時代の歌集『蔵玉(ぞうぎょく)和歌集』に収められているものです。この歌集は別名を『草木異名抄』と言い、草木や鳥などの別名を読み込んだ和歌に註が添えられています。牡丹の別名である「名取草」の由来として、こんな註が添えられています。

むかし男と棲んでいた女が、明け暮れ牡丹の花を眺め暮らしていたために、男は女が心変わりをしたと思い込んで別れてしまった。男は女に咎のないことが分かるとまた一緒に暮らし始めた。それでこの花を「名取草=汝(なんじ)の心を奪い取る草」と呼ぶようになった。

この「名取草」の他にも、牡丹の別名には「深見草(ふかみぐさ)」「夜白色草(よしろいろぐさ)」「すめらぎの花」などの呼び名があります。前の二つは、その深い紅色、もしくは夜の暗闇でも引き立つ白さから、最後は「花の王(=天皇、やまとことばで「すべらき」)」から転じたものです。いずれも匂い立つような美しさや気品を醸し出す名前ですね。

人の心を惑わせるほどの牡丹の美しさは、霊的な存在としても捉えられたようです。「獅子に牡丹」のモチーフは、「百獣の王」と「百花の王」の組み合わせとして縁起がよいとされていますが、理由はそれだけではありません。仏教では、牡丹から落ちる夜露には獅子に寄生してその肉を食らう「獅子身中の虫」を殺す力があるとされています。それで獅子は、夜間は安心して牡丹の下で眠りにつくことができるのです。ここから、江戸後期の長編読本『南総里見八犬伝』では、牡丹が獅子の力を抑え込む霊力があるとし、牡丹紋を八犬士の象徴としています。

牡丹の花期は、地域にもよりますが5月上旬はまだ見ごろのところも多いようです。今年は新型コロナウイルスによる外出自粛要請のため様々な活動に制限がかかってしまいますが、来年はぜひ、お近くの牡丹園に出かけて、心惑わせる美しさにしばし耽ってみてはいかがでしょうか。


【参考サイト】(参照日: 2017年4月28日)
牡丹, 和歌歳時記
Wikipedia, 牡丹
<中国旅游>中国人の愛する花・牡丹の都―洛陽牡丹文化祭り
『群書類従 : 新校. 第十三巻』 「名取艸」
宇都宮玄秀, 牡丹に唐獅子 竹に虎, 『南禅』平成11年1月号

※この記事は、2017年4月28日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。

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