2019年8月 日本文化コラム

【柄】カキ氷には欠かせない:『波にチドリ』

【柄】カキ氷には欠かせない:『波にチドリ』(波にチドリの画像)

「淡路島 かよふ千鳥の なく声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守」( 源兼昌(みなもとのかねまさ)『金葉集』冬・270 )

(訳:冬の夜、淡路島から渡ってくるチドリの物悲しい鳴き声に、須磨の関守は幾夜目を覚ましたことだろうか。)


昨今の厳しい酷暑には、体温を下げてくれる冷たい食べ物が本当にありがたく感じます。海辺やお祭りのカキ氷屋さんで目にする、おなじみの『波にチドリ』のサインは、いかにも夏の風物使という感じで見ただけでちょっぴり涼しい気分になりますね。

日本では古来、野山や水辺で無数に群れる小鳥たち、特にチドリの仲間を「たくさんの鳥」という意味で「千鳥」と呼んで親しんできました。歌の世界では冬の浜辺を象徴する鳥とされ、冬の季語になっています。その啼き声が冬の海の寂寥感を際立たせるからか、妻や友人を慕って啼くものとして多くの和歌に詠まれています。

涼感を醸す夏物の着物柄には、流水や波しぶきにチドリの舞う柄がよく描かれています。この柄自体、とても見た目に涼しいものですが、歌の世界を知る人であれば歌に詠まれた寒々とした冬の情景を思い起こすので、気分的にでも冷気を取り込んで夏の暑さを和らげようとしたのかもしれませんね。

同じ水辺の鳥でも、カモメやウなども身近なはずだったのですが、伝統文様にはほとんどこれらの鳥は描かれていないのだそうです。清少納言が「何も何も、小さきものはいと、うつくし。」(『枕草子』第155段)と書いたように、古来から日本人はチドリのように小さくて愛らしいものにより美しさを感じ、暮らしを彩るデザインに取り込んできたのでしょう。

無数に舞うチドリたちは、さらに抽象化されて「千鳥格子」になり、平安時代の絵画によく利用されました。国宝である平安末期の絵巻物『伴大納言絵巻』に描かれた市井の人々の着物柄にも千鳥格子が見られ、高貴な人々の装束には見られないことから、当時は広く庶民に流行していた柄であったことが伺えます。

冷房や冷凍庫など、技術的に冷感を作り出すことができるようになったいま、水辺に舞い踊るチドリを目にした私たちが、涼感を醸すスナップショットとしてその光景を捕らえることができるでしょうか。節電が叫ばれる現代の夏は、知恵と感性で夏を過ごしたかつての日本人に、敬意を感じずにはいられません。


※この記事は、2011年8月12日に配信された、NPO法人日本伝統文化振興機構メールマガジン『風物使』の一部を編集・転載したものです。

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